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惟 yi 紫野京子のWebsite
廃屋
迷い込んだ道の奥に
一軒の崩れ果てた館があった
垣根の在処も判らないまま
背丈ほどもある茂った草叢のなかに
それは昔 どこかで見た風景だった
幼い頃 かくれんぼをして
時の経つのを待っていた時
鬼ごっこをして走り回り
疲れ果てて 大きな樹の陰で
ひと休みをしていた時
その時不意に記憶がよみがえった
突き当りの洋館の庭には
薔薇が咲き乱れていた
野原で遊んでいた幼い私は
呼び戻されて家に帰り
死線をさまよう母の傍らで
戸惑うばかりだった
誰もいない空間の光は眩しかった
白い光のなかで 薔薇が一輪
咲き残っていた
緑の只中に立つ
私の影だけが 杳い
無人の廃屋の庭で
薔薇はいつまでも咲き続けている
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